宇宙船と砂漠で足跡

こんにちは。 こんばんは。 おはようございます。 flyingsapceshipと申します。 こちらのはてなブログでは好きなもの、きらいなもの、気になるもの、考えたことがあれば、私ならではの少ない語彙と拙い文章で書き殴っていくスタイルでお送りしようと考えています。

私に似合うもの

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flyingsapceshipと申します。

こちらでは好きなもの、きらいなもの、気になるもの、考えたことがあれば、私ならではの少ない語彙と拙い文章による書置きスタイルでお送りしています。

 

もう卒業してしまって会うことは無いのだけど、近所のよく行くスタバで仲の良い女性スタッフがいた。

 

彼女は大学生で、小柄で、明るく人懐こい笑顔で対応してくれるスタッフだった。簡単に言うとめちゃくちゃ可愛かった。

 

私があまりによく行くので、時々挨拶をしてくれるようになったり、話をすることも増えた。

私も普通にしていると、ただの小柄な普通の女性なので、スタッフと客として結構仲良くさせてもらっていた。

 

彼女の名前も、名札でなんとなく知っていたし、彼女も私の名前を知っていて、紙カップに時々名前つきでメッセージをくれた。

こういうところがスタバの中毒患者を作る、罪深いところなのではないかと思う。人見知りで引きこもり気味の私でも、こう言ったコミュニケーションは嬉しかった。

そんなことを私にしてくれるくらいなので、その彼女にストーカーがついたりしないか心配するくらいには情が移った。30歳を過ぎると、年下の若い女性に対して無駄な母性が働くのだ。

 

何年か前のある時期、私はいつもより高い頻度でそのスタバに行っていた。理由は忘れたが、たぶん漫画か仕事の勉強か、または読みたい本がたくさんあったのかもしれない。

顔を知られているにも関わらず、長時間居座ることが多かったので、なるべく単価を上げようと、食べ物を注文したり、大きいサイズで注文するなどして、出来る限り気配りをしていた。罪悪感から逃れたいだけといえばそうなのだが。

 

食べ物もある程度色々食べてみると、自分の好きなものが決まってくる。

flyingspaceshipには好きなものがわかると、『飽きるまでそれだけ食べる』という悪癖がある。

 

彼女がそれに気付いたのか気付かなかったのかわからないが、注文をしていた時に何気なく言われた。

 

「(flyingspaceship)さん、最近、これ、よく食べてます?」

 

「えっ?あ、そういえばそうかもしれない…」

 

「なんか…シュガードーナツ似合いますね!(*'▽'*)」

 

 

 

 

 

 

 

どうも、シュガードーナツが似合うflyingspaceshipです。

 

ここ最近忘れていたが、私は可愛い女子大生に『シュガードーナツが似合う』と言われたのだった。

 

顔がドーナツぽいのかもしれないし、色合いかもしれないし、いかにも「ドーナツを食べていそうな顔」かもしれない。

 

どれに当てはまるのかわからないが、とりあえず、flyingspaceshipはドーナツが似合う。

 

スタバのシュガードーナツは好きだ。3個くらいなら一気に食べられそうだと思うくらいには好きだ。

1個までしか食べたことないけど。

 

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憧れにさわる

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アイドルの握手会というものに参加したことは無いが、『握手』というパーソナルな挨拶を憧れの対象とできることがとても在り難いことなのだろうと思っていた。

私の解釈する握手による「挨拶」の内訳としては、「今後とも顔をあわせる機会があると思います」「以後お見知りおきください」というくらいだ。

flyingsapceshipとしては握手を介して「以後お見知りおきください」と言うことで、頻繁に現れても『うわっまた来てる…』って思わないでね、という意味も込めたい。

 

flyingsapceshipは、握手は挨拶という定義以上でも以下でも無い。その相手が、憧れの対象であったとしてもだ。

 

しかし、『ファン心理』の派生のなかで、『憧れにさわりたい』という行為もある。

欲求という意思を飛び越して、行動に走って、そのあとの顛末で自身を満たしているのではないかと思う。

『握手』も、「挨拶」ではなく、「接触」と捉えているのだ。

「触れて」相手が、どのように反応するのか、自分がした行為に対して反応してくれることでなにかが満たされるということだろう。

好きな子が自分の前の席になったら、授業中に執拗に小突いたりして、嫌われるタイプだ。

 

友人から聞いた話で、とある有名なバンドのライブ会場で、人気のボーカルが客席へダイブしたらしい。

flyingsapceshipはライブ会場が基本的に怖いので、いくら憧れている相手でも、上から人間が降ってきたら「えっ…こわ…」と思ってその場から逃げると思う。

しかしライブ慣れしているライブ会場リア充にとっては、大盛り上がりの場面で、憧れの対象に「接触」できることに喜び、興奮するらしい。友人はライブリア充なので、「次いでに」と思い触ってみたらしいが、その隣で別の観客がそのボーカルの靴下を脱がそうとしていたらしい。

 

私が「えっ…そういう人は、お家に帰ったら、おかあさんの靴下も脱がしたくなるのかな?」と言ったら、友人ふたりは苦笑いしながらそれを否定した。

そういったフェチ性だけとは限らず、「みんなの憧れの対象の靴下を脱がした俺」という物語をイメージして興奮のままに脱がそうとしていたのだろうとのことだ。

では、その人は、「そういう俺」の演出のために、ファンになりお金を払ってライブ会場に来ているのだろうか?

どんなに『憧れ』ていても、その世界の絶対的主人公が『自分』であることに変わりのない、非常に自己肯定感の強い人間だ。

簡単に傷つける言葉を浴びせるとしたら「思い上がりも甚だしい」くらいだろうか。

 

私はファンと言うものになったのが去年だったので、『ファン心理』がまだ育っていないだけかもしれない。

ただ、自ら『さわりたい』という欲求はまだ産まれていないし、どんなときにそれが産まれるのか、少し怖い。

しかし、いままで『好きな異性』に対して、付き合ってもいないのに触りたいと思ったことが無い。付き合っていたら、手を繋ぎたいと思うこともある。

握手をすることで、人垣のなかの凸凹の一部ではなく、人間として認識してもらう機会があった、と嬉しく思った。二次元でいうと、棒や影人間から、「顔の凸凹や髪型や服装をしっかり描いてもらえるモブ」に昇格したくらいだ。

 

また、もうひとりの友人の話で、つい最近某有名デュオのライブ会場で、エキストラとして参加したファンのひとりが、演奏中のギタリストに、タオルをぶつけたという。

自分がタオルをぶつけることで、振り向いて欲しかったのだろうということだ。

 

ちなみに私は、高校時代、一度だけ好きな男の子の後ろの席になった。

しかし、プリントを回されたりする度に、緊張してプリントを落としたり、なにも喋れなかったりと明らかに挙動不審になったため、相手の男の子は気の毒に思ったのか、気持ち悪いと思ったのか、一日も経たずに私と仲の良い友達と席を交換した。

 

振り向いてもらうのは、思いが通じ合ったときだけでいい。

憧れに触るのは、時にはお互いに障りになる。

 

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全身UNIQLOか無印か

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落ち着いて見える30代でいたい。

黙ってじっとしていれば、私もそれなりに落ち着いているはずだ。落ち着いている状態だから。

話すと挙動不審だ。

 

 

すっかりクソ暑くて湿度が高い日本のバカみたいな夏は終わって、秋めいてきた。

 

秋は長袖一枚、ボトム適当で快適に過ごせるので好きだ。

半袖と軽いジャケットとかでもいい。

 

チェック柄やヒョウ柄など、色味は落ち着く分、柄物も豊富になる。

レースもシックなものが増えるので、上品なブラウスとラフなボトムとかで軽々と歩き回りたい。

スウェットと可愛いスカートとかでもいい。

色々考える。

 

しかし、好きなものを好きなだけ着るのも好きだが、やはり年相応の服装が似合うようにもなりたい。

雑誌でいうとMOREとかwithとかの、『おしゃれOLの秋の着まわし』みたいな服が似合うようになりたい。

 

しかし、私がそれをやると、なんか笑っちゃう感じになる。不思議だ。誰にでも合いそうな、すっかり国民服となったUNIQLO、「ていねいな暮らし」を気取りたい一般服の無印で固めてみても、なんか笑っちゃうのだ。

 

顔か?

 

顔のせいか?

 

それとも体格か?

 

 

持って生まれたものと、変化する年齢。

 

誰にでも似合うはず服が似合うようになって、誰にも覚えられないような、なにもかもに溶け込んでいきたい。

 

おしゃれにはなれないなら、普通になりたい。

 

でも、チェック柄やヒョウ柄は好きなんだ。

クローゼットの中で、裸眼でも見つけやすいし。

 

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インターネットアイドル

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職場でダンボールを布団にして一夜を明かすようなブラック企業を辞め、無職になったころに知ったのが、ARuFaくんだった。

 

それまでインターネット上でのオモシロ動画やネタはほとんど触れていなかった。

なぜなら心に余裕がゼロで、常にギスギスのflyingspaceshipだったからだ。いや、その頃はflyingspaceshipと名乗るのも『ふざけてやがる』としていただろう。

面白みゼロ、毒100%の社畜だった。

 

ふと無職になり、暇だからインターネットを無為に徘徊していた。しかし、頭の中は不安でいっぱいだった。

 

この先どうなるのか。

死ぬまでの間どう苦しむのか。

どうにかはなるはずだ。

それとも無職のままの苦しみで死ぬのか。

 

そんなことばかり考えていた。

ヤフーニュースで、恐ろしい仮面の口から流れるシャワーで頭を洗う、黒い目線の入った男性のサムネイルを見た。

 

それがARuFaくんを初めて知った記事だ。

 

【検証】シャワーを美少女に改造して、風呂場を華やかにしてみた | オモコロ

 

読み進めるほど馬鹿らしいのに、読むのをやめられない。ひとり、音の無い部屋でケタケタ笑いながら、スクロールする指は止まらない。

36歳くらいかと思っていたら、自分より4つも歳下だった。

 

その記事から、ARuFaくんはもちろん、オモコロ全体の記事を読み始めた。

『ARuFaの日記』も全部では無いが読んだ。

 

全部が全部、くだらないのに、クオリティは一切下がらないし、見たところ激しく炎上したようなものも無い。

むしろ、費用がかかっているものの方が、質が高くなる分くだらなさが増すように思った。

 

『こんなインターネットがあったのか…。』

 

目線はしているものの、その健康な身体を張り、学生という貴重な時間に費用も充てながら、きちんとした文章と的確な写真で、インターネットに制作物を放流するARuFaくんは、見れば見るほど可愛らしかった。

 

暗い思い90%で過ごしていた無職期間だったが、日雇いの仕事と就活の合間に、ARuFaくんの記事やオモコロのサイトを見ることで、ある程度気楽な気持ちになれた。

 

その結果、バリバリに影響されて一時ウェブライター関係の仕事にも携わったが、今の職種の方が働く上ではもっと好きなのだと気付いて、私の仕事に関しては今に至る。

 

ARuFaくんには、オモコロイベントなどで何度か直接話す機会もあった。とあるARuFaくんと仕事で会ったという人から聞いた話では、会うたびに関係性がリセットされる、ということらしかったので、私はイベントで話す毎に新鮮な気持ちを準備して話しかけさせてもらっている。

 

また、ARuFaくんには大量の女性ファンがいて、私と同じ気持ちの女性がこの世に多く存在することが嬉しかった。それもあって、普通に暮らしてたら絶対に接点が無かったであろう、可愛い友達も出来た。

 

今でも、ARuFaくんの様子はインターネットで確認できるなかの「ある程度」は見ている。主にTwitterとインスタグラムだ。

相変わらず、顔が可愛い。目線は入っているが。

 

私の無職期間に差した一筋の光が、ARuFaくんだった。

 

たぶん、それ以前のギスギスしていた時に知っても、鼻で笑って一蹴して、二度と見ようとしなかったかもしれない。

その時に出逢う運命で良かったと思う。

 

ちなみに、ARuFaくんがまだ大学生だったころに出した台湾旅行のDVDも持っている。

ARuFaくんが好きだと言っていたドライフルーツを食べながら観ることが多い。

企画が始まったと知らされる前の『ただの大学生ARuFaくん』の反応がめちゃくちゃ可愛い。そのあと、きちんとエンターテイナーとしてのARuFaくんになる。そのギャップもまた、愛らしい。

 

面白いのは、みんな知っているだろう。

 

よく見て欲しい。

ARuFaくんは、とにかく顔が可愛いのだ。

目線がついていても。

 

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漢字練習帳のこども

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小学生の頃、勉強で私が1番好きだったのは漢字練習だ。

 

算数はあまり出来なかった。

九九を覚えるとき、クラスで最後から2番目で合格した。クラスで1番最後だったのは、特別学級に通っていた男の子だった。その子は実際合格したかどうかわからないので、実質私がビリだ。

入学時点で『11』から先の数字の概念が無かったのだから、仕方ないといえばそうかもしれない。

 

漢字練習は、ひたすらノートのマスを綺麗な字で埋めれば褒められるので、楽しかった。

ノートが隅々まで使い切れるので、それも気持ちが良かった。

 

小学生の頃は、漢字練習帳を埋めれば埋めるほど、どんどん新しい漢字を覚えられた。

指定された複数の漢字熟語を10回ずつ繰り返してきなさい、という宿題が出ると、途中で夢中になりすぎるあまり、うっかり20回くらい繰り返してしまっていた。

 

繰り返し同じ作業をすることに、一切の苦を感じなかったし、書けば書くほど覚えられた。

 

それだけならば、九九も覚えるのは容易に思える。

実は、私はちゃんと九九を覚えていた。当時の担任教師も、私がちゃんと覚えていることを知っていた。なぜなら、口頭での解答は全部できていたのだ。

 

九九のテストは、一定時間内に九九すべてをテスト用紙に記入して解答することだった。

 

『一定時間内』という条件が落とし穴だった。

 

担任教師も言った。

「書くスピードがあればね」

「もっとバババッて書いて」

 

遂には

「汚くていいから、早く書いて」

 

私は、綺麗な字で紙を埋めたい。

それに、先生だって、テストで字が汚い子には減点していたじゃないか。

 

先生は、特別学級の生徒と並んで、いつまでも合格しない私にイラついていたのかもしれない。

 

しかし、当時の私に略式で素早く数字を書けるほどの応用力は無かった。

家でのうのうと漢字練習帳を埋める作業と同じスピードでしか、書く作業は出来なかったのだ。

 

また、九九の時だけ方針をがらりと変える先生に対して困惑していたのだ。「いつもと言っていることが違う」ということに、慣れない子供だったのだ。

 

頑固と言われればそうだったのかもしれない。単に、頭が混乱しやすいだけなのだが。

 

同じ作業を繰り返し行うことを好む性質は、不器用だと、違う方法に『切り替える』のが困難なのだ。

 

さすがに現在は、そこまで不器用では無いし、誰でも時と場合によって言うこともやれることも変わるのは分かっている。

 

脳の検査で、結果、発達障害ではないということになった私だが、「思い返してみると」という、怪しい部分は、ある。

 

これを、性格と言って許されるものなのか、障害と言って対策できるものなのか、まだわからない。

時々、ひどく悲しい気持ちになるときはある。

 

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続かなかったもの

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悲しい。

自分の力不足で、とても恥ずかしく、悔しい。

 

今年始めようと思っていたことで、どうしても続けられてないことがある。

 

アニメを観ることだ。

 

ただ、私の家にはただのテレビしかなく、録画機も無い。そのために、dアニメストアも登録した。

 

なにかしらのアニメを観続けてみたかった。

1クールに1作品でも良かった。

 

『闇芝居』しか続かなかった。

しかし、先週分一話観なかったので、実質『闇芝居』も続かなかったことになる。

 

30分間じっとしていられない。

特に今クールは、5分もしないうちに次から次へとなにかを思い出し、手や足を動かして別のことに集中し始めてしまい、『全然観てねえじゃねーか。消そ』とテレビの電源を切ってしまう。

 

なぜなのか。

多動なの?ADHDなの?

 

無理に続けるものではない。好きな人が好きに続けるから価値があるものなのだ。

わかっている。

 

わかっている。

 

わかってねぇ、って言われるかもしれないけど。

 

しかし、私の現実での友人も、TwitterのTLも、アニメを観る人の楽しそうな話が多いのだ。

 

輪に混ざりたい。

 

楽しいことは私も体験したい。

 

しかし、観続けられない。

多動なの?ADHDなの?

 

 

映画とかなら一回観れば終わるので観ていられる。

しかし、『続きが気になる!』ともどかしい気持ちになるものは、そういう気持ちになる前にやめてしまう。もどかしいのは気持ち悪いからだ。

 

『じっとしていられない引きこもり』とは、なかなかに厄介だ。

 

dアニメストアも、まだ闇芝居と、ガンダムのなにかと、機動戦艦ナデシコの一話目くらいしか観てない。

 

夢はアニメを1クールをリアルタイムで見届けて、感情移入することだ。

 

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イニシャルって恥ずかしくないですか

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普段アクセサリーの類はほぼ身につけない。

ここ2年でやっと腕時計が習慣になった。

 

ほぼ、と言ったのは、ヘアアクセサリーは必要に応じて着けるからだ。

 

ヘアアクセサリーを見るついでに、アクセサリー雑貨のある店もよく行く。

 

アクセサリーをすすんで着けない理由のひとつに、『重さ』がある。

ネックレスは特に、肩と首が虚弱な私には、憧れでしかない。重くないと判断したものでも、走ったり歩いた時にチェーンが揺れることで負荷がかかるらしい。

しかし、憧れはある。

 

最近、ネックバングルというものを見つけた。 

 

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これなら、揺れも少なそうだし、着けるのも簡単そうなのだ。

 

この形でもっと軽量化されているものはないかと探したら、あった。

 

 

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商品名はチョーカーだが、形状はネックバングルと同じだ。

しかし、この繊細で軽量のタイプは今のところイニシャルモチーフしかない。

 

 

イニシャルモチーフって、なんか恥ずかしくないですか????

 

 

人へ贈るとか、人から貰うとかならまったく気にならないのだが、自分で自分を表す記号を「似合う」と思って選ぶのが恥ずかしく感じてしまうのだ。

そのため、誕生日や星座モチーフも避けてしまう。

 

なんとなく、恥ずかしい。

自分の名前のイニシャルを自分で選んで身につけて歩くのが恥ずかしい。

こんな性格なのとアクセサリーを身に付けないため、誰からも貰ったことは無い。

でも、憧れはある。

 

なんだったら、全然関係ないイニシャルだったら着けてもいいくらいだ。

 

『A』は良さそうだ。エースだ。ほしのあきの写真集のタイトルでもあった。

 

自分に関わるモチーフが苦手、恥ずかしく感じる、というのも、自己肯定感の低さに関わっているのだろうか?

 

いつか克服はしたい。だからといって、flyingspaceshipの『F』は絶対に選ばないので安心してほしい。

 

本日も読んでいただき、ありがとうございます。

愛しています。