宇宙船と砂漠で足跡

こんにちは。 こんばんは。 おはようございます。 flyingsapceshipと申します。 こちらのはてなブログでは好きなもの、きらいなもの、気になるもの、考えたことがあれば、私ならではの少ない語彙と拙い文章による書置きスタイルでお送りしようと考えています。

勝負について

こんにちは。

こんばんは。

おはようございます。

flyingsapceshipと申します。

こちらでは好きなもの、きらいなもの、気になるもの、考えたことがあれば、私ならではの少ない語彙と拙い文章で書き殴っていくスタイルでお送りしています。

 

賭け事はしないようにしている。

というか、高校受験にしろ、大学受験にしろ、それで充分賭け事のようなやり方をしてきているため、日々のことで余分な賭け事はしないようにしているのだ。

 

大勝負、といえるほどの人生のハイライトが無かったとも言える。

 

また、10代前半の頃の私と、今の私では勝負に臨む姿勢が違いすぎる。

中学生くらいの頃はいわゆる負けず嫌いで、いざ負けそうになっても、なんとか勝ち方が無いかと食らいついていた。

今は戦闘力も無ければ、そもそも戦意も無い。

 

柔道の大会などでは、きちんと意欲を持って臨んでいた。

 

初めての試合をよく覚えている。

先輩や先生が「○回勝てば、賞状貰えるよ」とわかりやすいエサで我々を釣った。

 

実は私は、それまで一度もなにかを勝ち取って賞状を貰ったことがない。

その「○回勝てば」を聞いて、えっマジか、と反応した。もう覚えてないが、○回は、そんなに多く無かったのだ。

 

だが、後から聞いたことだが、先輩がそんなにわかりやすく言ったのは、その大会が『階級無差別試合』だったからだ。

つまり、軽量級選手も重量級選手と当たる確率が高い。

しかも、私に於いては、目立って小柄である。試合開始前にやる気が喪失してしまうことがないようにと、配慮してのことだったらしい。

 

だが、その当時の私は、それだけですでに、『賞状まっしぐら』スイッチになっていた。

今思うと、その上少し戦闘意欲が高めだったのかもしれない。

 

自分よりでっけぇ相手と戦えるなんて、オラわくわくすっぞ!

 

心の野沢雅子がそう言っていたに違いない。

それももしかしたら、日々、長渕剛が流れる中の練習による、洗脳状態だったのかもしれない。

今は絶対無理だし、絶対やりたくない。

 

初めての試合といえど、長渕なのか雅子のためなのか、私たちは勝ち進んでいた。

いよいよ、ここで勝てば賞状確実、という試合になった時だ。

 

相手は明らかに、私の倍以上の体格だった。

調べたら超級だ。『超級』というのは、最重量級だが、その上限は無い。つまり何キロかはわからないが、75kg以上あるのは確実だ。

相手の道着を見ると、2本の帯を無理やり繋げてある。その胴体を超す、長い帯が無いのだろう。

本当に中学生かよ。

 

すると、割と学校単位で仲良くしてるライバル校の強い子が私に言ってきた。

 

「あなたがあいつ倒したらめっちゃ面白い試合になるじゃん」

 

 

オラわくわくすっぞ!

 

おそらく、心の中の雅子が反応した。

 

しかも、いざ試合が始まってみると、他の学校の知らない部員まで、私の応援をしてくれる。小さい奴が勝つほうが面白いと思ってるのは、ほとんどだったようだ。

そしてなんと相手は不憫なことに、自分の学校の部員や顧問に「そんな小さい奴に負けるつもりか!」と応援ではなく叱咤されていた。

そんな言葉かけてやるなよ、と思った。

中学生の女の子やぞ。

 

試合中のことはよく覚えている。

その相手は確かに身体は大きかったが、連続する試合ですでにスタミナ切れにも見えた。顔が泣きそうになってた。

その上、普段試合する同じ階級の相手とは全く違う、ちょこまか動くスタイルの私はすごくやりにくそうだった。

『思いやり』のある私は、散々動かしてから相手の足がついていかないのを見て、相手の体重が掛かる直前の左足に小技を掛けた。相手の身体が綺麗に転がった。

それだけで、会場の声が沸いた時はかなり気分が良かった。

そのまま抑えて試合を勝ち取った。

 

その次の試合はあっさり負けた。

試合前に話しかけてきたライバル校の強い子だった。

 

それでも、全試合終了後、賞状を貰えたのが嬉しかった。

初めての賞状だ。

その後のいくつもの大会でも、何回勝ったら賞状が貰えるかを目安にした。

 

結局これまでの人生で、私は柔道の試合以外での賞状は手にしたことが無い。

 

初めての試合が終わって、貰った賞状を持って帰った。

父がいた。「結果どうだった」と言うので、黙って貰った賞状を見せた。

 

「なんだ負けてんじゃねーか」

 

それまでの経験から、父に期待はしていなかったので、そこまでショックでは無かった。

むしろ、どうせそんなことを言うだろうとさえ思っていた。

その後も、父は試合の賞状やメダルを見つけると「誰だこんな負けた印持って帰ってきたのは〜恥ずかしい奴だな〜」などと茶化した。

 

そのため、私は負けていようと、何番であろうと、試合や試験の結果を声高に言いふらすことにした。

 

ついでがあれば、

「あなたの遺伝子はね〜、所詮いちばんにはなれない恥ずかしいものしか生み出せなかったんですよ〜すみませんね〜○番でぇーす」

と付け加えた。

 

勝負事にプライドなんかあったところでなんの役にも立たない。

勝負事のすべては結果だ。

 

本日も読んでいただき、ありがとうございます。

愛しています。