お酒と衝動
こんにちは。
こんばんは。
おはようございます。
flyingsapceshipです。
私はお酒が苦手なほうだ。
まったく飲めないわけではないが、「低血圧」「アトピー」「胃腸が弱い」「ストレスに弱い」という、虚弱特徴を複数持っているため、3口くらいで酔いが回り始め、悪い時はすこぶる具合が悪くなり、良くて全身の皮膚が赤くなり痒くなる。
それ以上に食いしん坊なので、美味しいお酒は味見だけでもしてみたいし、酔いに気を付けながらゆっくり飲める環境では楽しんでいる。
しかし、本当に『お酒』が好きな人は「自分が酔っている状態」を望んでいる様子もある。酔って、自分が正体不明かもしくは曖昧にしてしまって、日々の鬱憤を晴らすというひともいる。それがかけがえなく気持ちがいいのか、『お酒』が好きな人はその状態をたびたび繰り返す。
私は、その体験をしたことが無い。
たとえうまく酔いが回っても、すべてはっきり覚えているし、普段やらないことを人前ですることもない。多少話し方や話し言葉は雑になるだろうが、それは鬱憤を晴らすどころか、翌日思い返して少し憂鬱や心配につながるだけで、なんの快感も得られない。
それに、「普通やらないだろうこと」は酔ってなくてもある程度できてしまうのが私だ。それをやっても、それほど鬱憤は晴れないということも承知したうえでだ。
しかも、もっと悪いことに、私は酔ってうまくめちゃくちゃになった人の言動も全部覚えているのだ。私自身は「楽しい思い出」くらいに思っているのだが、お酒で鬱憤を晴らそうとしている人にとっては、飲まない上に記憶も意識もはっきりしている私は迷惑極まりない存在なのだ。
そうなると、私がお酒を飲む場面というのはどんどん減っていく。
よりいっそう、体調が良いまま酔いが回って、うまくめちゃくちゃになることに憧れる。
それで日々のストレスが解消されるのなら、けっこうコスパは良いはずだ。
酔ってうまくめちゃくちゃになってみたい。
そこで私はどんな私になるのだろう。
私はたまに、「普段の思考回路だと絶対しないことをしてみよう」と思って衝動的に動くことがある。あくまで他者を巻き込まないことだが、自分の思考回路が世の中のすべてではないし、そこで他者思考に近い選択肢で動いてみることで別の景色が見られるかもしれない、と思うのだ。本を読むのに近いかもしれない。
お酒によって私のコントロールから手放された私、というのはどんな人間なのだろうか。興味はある。
本日も、愛しています。