ランドセルについて
こんにちは。
こんばんは。
おはようございます。
flyingsapceshipと申します。
こちらでは好きなもの、きらいなもの、気になるもの、考えたことがあれば、私ならではの少ない語彙と拙い文章で書き殴っていくスタイルでお送りしています。
自分のランドセルがどんなだったか、すぐに説明できるだろうか。
私は、赤くて、横長だった。
ひとと違うことが、基本的に嫌なのに、ランドセルは横長だった。
我が家は、ランドセルに、本人の選択の自由は無かった。
誰なのかはっきり知らないが、おそらく親族の誰かの厚意で、新品が贈られてきていたのだ。
姉にはスタンダードな赤の縦長。妹には、ワインレッドの縦長。
私のそれが贈られてきたとき、母も姉も、こんな形のがあるんだね、とは言っていた。
私も、想像したランドセルとは違ったため、少し驚いたと記憶している。だからと言って、自分がはっきり知らないくらいの人から厚意で贈られてきていることは知っていたので、嫌だとは言えなかったのはよく覚えている。
嫌だとは言えない雰囲気、というのは幼いながら理解していた。
知らない親族らしき贈り主に、電話でお礼をすることになっていたこともあり、余計になにも言えなかった。
自分自身でもかなり、言い聞かせられたことを落とし込もうともしていた。たぶん、口にはしなくても、子供なので顔に不満が出ていたのかもしれない。
背が小さいから縦長じゃないほうがいい、とか、横向きの方が安定して物が入る(?)、とか。
ただ、毛色が違う、というのは幼い子供の集団では、格好の餌食とも言えた。
入学してさっそく、違うクラスのぽっちゃりした金持ちのボンボン風(実際金持ちのボンボンだった)の男の子が、私の後ろ姿を指差して、大声で言ってきたのを、よく覚えている。なぜなら陰湿で執念深いからだ。
「そんな変なランドセルで学校来ちゃダメなんだよー」
ほかに2人くらい取り巻きがいて、私のほうを見てニヤニヤしていた。
幼馴染の物静かな昆虫博士と一緒に帰るところだった。
その時の私が、それを受けて、怒りを感じたのか、それともただ思ったことを今よりずっとストレートに言っただけなのかは覚えていない。
自分の感情は覚えていないが、言ったことはなんとなく覚えている。
「なんで?言われたことないけど、なんでそういうこと言うの?そうなの?知らないんだけど」
どんな言い方をしたかわからない。
子供だったので、興奮気味にまくしたてたかもしれない。ただ、なぜ知らない奴にそんなことを言われなきゃいけないんだ、とだけ強く主張したかった。この記憶も、間違いかもしれないが、なにか反論をしたのは確かだ。
おそらく、その男の子たちは私が気の弱い女の子だったら、ランドセルを理由に、いじめの標的にしようとしたのかもしれない。
しかし、そのあとも私は人生で一度もいじめられた経験が無い。
むしろ、小学校では気の強い女の子として分類されていた。
おそらく、『知らない相手にも口答えをした』というだけで、「いじめの標的には適さない」という印象が強く広まったのかもしれない。
その3人の他のクラスの男子たちは、私にそれ以上構うことなくいなくなったが、私はだんだん不安になっていた。
一緒に帰っていた幼馴染に、確認した。
「ランドセル、そんなに変なのかな」
幼馴染の昆虫博士は、言葉がうまく出てこない子供だったので、私は返答をあまり期待していなかった。
「…一生、それじゃないし…」
そらそうだ。
しかし、それで私は開き直れたのかもしれない。小学校でしか使わないものだし、たかだか荷物入れだ、と。
気が強いところは確かにあったが、その一件から、からかいの対象になるようなことがあれば、即座に反論する反射神経が身についてしまっていた。
その後、いわゆる『御山の大将』となるのだ。
はっきり言って、今の私とはかなり違う子供だったと思う。
気が強くて、自分に自信があった。
だから、周りとの多少の異質さは、開き直りまくっていた。なにより、ランドセルが違うのだから、という、『横長のランドセル』が謎の支えになっていた。
最初にハッタリをかますくらいの強さを見せつけるくらいのことは、小田舎のクソガキが『学校』という集落で強く生きるには必要だったのだ。
今のメンタルでその場面になったら、おそらく下らない嫌がらせの対象になっていたに違いない。
私は、人生の序章で必要以上にハッタリの自信をカマしたので、今はそれを回収してなければならないのだろう。
本日も読んでいただき、ありがとうございます。
愛しています。